一等車は、右2列並び、左一列並びで照明も落としてある。
ゆったりした感じ。
わたしは一席シートで、隣は誰もいない。
しかし、電気スタンドが灯されたテーブルを挟んで、誰かと向き合うようになっている。
「お見合い状態みたいな席…。」
まあ、こんだけこの車両はガラガラだから誰も向かいには来ないでしょう。
しかし静か…。ゆっくりしていこう。
出発間際、黒髪の年のころ13,4歳の男の子が乗ってきた。
目がぱっちりしていて整った顔をしている。
その子は、大きな荷物を抱え、窓の外のお母さんやお姉さんらしき人々に、
「バイバーイ!」とでも言っているのか、うれしそうに手を振っていた。
かわいいーな、お母さんがまだ恋しいのね、と思った。
すると、その子、わたしの向いの席に座ろうとするではないか。
やはりそのようだ、彼は「ボンジュール」と、わたしに挨拶し、真向かいに座った。
しかし、このときの少年の目と態度は、先程の「ママー!」とは全く違い、大人のヨーロッパ紳士のそれであった。
「この男の子、素敵。2時間一緒だから、何かお話ができるかも。可愛いから写真も撮りたいし…。」
と、マリエルの好奇心がうずく。
しかし、どうきっかけをつかもうか。
向き合っていることで、この子も居心地が悪いらしい。
しかし、こちらに興味はあるようで、見ない振りして、一挙一動を見ている。
そして、向き合っているから、足が微妙にぶつかりそう。
わたしが体制を変えるたびに、彼は邪魔になったり足がぶつからないようによけてくれている。
間向かいの彼を正視はできないので、窓の外を眺めたりする。
すると、こちらをじっと見てる。
「完璧見てるよ…。マリエルの斜め45度を見てるのね。じゃ、サービス。」
とのことで、ゆるくまとめた黒髪をほどくパフォーマンスをやってあげた。
「見なさい、これが日本女性の黒髪です。しかも、30過ぎた、大人の女の黒髪よ!あんた、この至近距離で見たことないでしょ!」
と、日本代表としての気概で。
しかし、今朝も頭が痛かったので、オリジンズのエキスをこめかみに擦り込んだりもしたが、それも見てる。鞄をいじればそれも見てる。
話をしたほうが気まずくないかも…。
なもんで、目もよく合って、そのたびに、にっこりはしてあげた。
「わたしは、日本から来たお姉さんですよ。」と心を込めて。
彼は、ディスクマンを聴き始めた。
アメリカのポップスで、音が外に漏れて、静かだった車内が少し騒がしくなった。
そのうち、快適な揺れで眠くなり、わたしはうとうとし始めた。目を閉じたり開けたりを繰り返していると、彼がブラインドに手をかけた。
閉めたいのかな?
「ブラインド閉めましょうか?
あなたが眠られるのなら、眩しいのではと思ったので…。」
と、彼がフランス語で言ったのがわかった。
わたしは閉めては欲しくなかったので、「ノン」と言った。
せっかく親切にしてくれたののに、咄嗟のことできつい断り方になってしまった。
彼は、サンドイッチやチョコレートを取り出して食べ始めた。
分けてくれると思ったが、分けてくれない。
マリコさん曰く、
「マダムに親切にしたのに、遮断されたから、それ以上、深入りしてこなかったのよ。
彼女は彼女の世界に入りたいんだなあってそっとされたのよ。」
とのこと。
炭酸入りのミネラルウォーターを飲み始めた。
そのしぐさが、大人の欧米人男性のそれであった。
女性もそうなのだが、欧米人と日本人ではふとした仕草が違う。
日本女性の手の仕草は、欧米女性にはないしなやかさがあるとは言われるが、男性に関しては、欧米のほうが手の表現が豊かだ。
何と言っていいのかわからないが、欧米男性の手の動き、仕草からは安定感を感じる事が多い。それが何なのかずっと不思議だった。
そして日本人にもかかわらず、山岡にはそういうところがあるのだ。
わたしが欧米男性からしか感じたことのなかった余裕と寛ぎ感だ。
外国に行くと、縮んでしまう日本男性は数多いが、山岡さんならその風格でひけを取らないであろう。
初めて山岡とあった時、「この人、欧米の男みたいだな。」と思ったのもこの雰囲気からだったかもしれない。山岡は日本の美が身に付いていると同時に欧米男性のような余裕もある、国際舞台で十分にやっていけるのでは?言葉さえなんとかなれば。
車窓から見える景色が山々に変わって行く。日本より高い緑の山々、空は曇り、霧がかかっている。
赤い屋根の家々、人が一人も歩いていない。
わたしは気分が悪くなってきた。
どうも山の中の小さな村は嫌いな様だ。
ブルターニュで感じたような恐怖感。
フランスというと思い起こされるような恐怖感。吐き気がしてきた。
「わたし、こんな村で陵辱されたのかも…。」
怖い…ひとけがないのがいや。
誰も人がいないの?
自家用車が走っている。人が乗っている。
少しほっとしたと同時に、何故こんな暗い空の下で暮らしていけるのか疑問が涌いた。
救いは、真向かいで男の子が聞いているアメリカンポップスだった。
この馬鹿馬鹿しいチャカチャカした音楽がなければどうなるかわからなかった。
そのうち、何故だか男の子が話しかけてきた。
「は?」と思い、耳を傾けると、
「フランス語話せますか?」と英語で聞いてきた。
「いえ、あなたは英語は話せますか?」
「ノー」
…それ以降、私達はコミニュケートする機会を失ってしまった。
彼は何を言おうとしたのか?
わたしだってお話したかった!
あー、フランス語勉強しよう!と思った。
彼は、今度は、大きなビニールバックをがさごそやり始めた。「TAMIYA」と書いてある。日本のプラモデルメーカーであろう。はーん、そういうおもちゃをママに買ってもらったのね。
そこから、大きなバゲットのサンドイッチを出してきて食べていた。
よく食べるなあ…。少し分けてよ。
しかし、1等車は静かです。みんな話もせずに読書なんかしてる。
斜め向に見える50代のマダムがうたたねをしている。
初めて電車内で居眠りをするヨーロッパ人を見た。
そろそろリヨンに着く時間。
町並みが大きくなってくる。やっぱりリヨンだ。
小さな村村を眺めてきたから、とても大きな街に見える。
実際は仙台程度なんだけどね。
リヨン・パール・ドゥ到着。
ホームにもたくさんの人々。
ここで、マリコさんが待ってくれているはず。
わたしは、男の子に「バイ!」と挨拶した。
彼はしっかり目を見て「オヴォア!」(フランス語のバイ!)と返してくれた。